脂質異常症の目次
- 脂質異常症の概説
- 脂質の分類と役割
- 脂質異常症の診断 基準
- 脂質異常症と予後の関連
- 冠動脈疾患予防からみたLDLコレステロール管理目標設定のためのフローチャート(簡易版)
- 吹田スコアによる冠動脈疾患発症予測モデルを用いたリスク評価
- リスク管理区分別の脂質管理目標値
- 脂質異常症の食事療法
- 脂質異常症の運動療法
- 脂質異常症の薬物療法
- 脂質異常症のお勧めサイト
1) はじめに
脂質異常症とは、血液中の脂質であるコレステロールや中性脂肪(トリグリセライド)が多過ぎ病気のことです。脂質異常症を放置し動脈硬化が進んでも症状がほとんどない"沈黙の病気”です。やがて動脈内腔が狭くなり、血栓が形成されて脳梗塞、狭心症、心筋梗塞などの重篤な血管合併症がおこる。
動脈硬化の危険因子としての脂質異常症を最新のガイドラインに従い、吹田スコアを用いたリスク評価などについて追加記載します。
2) 脂質の分類と役割
血液中の脂質(脂肪)には(1)コレステロール、(2)リン脂質、(3)中性脂肪(トリグリセライド)、(4)遊離脂肪酸の4種類があります。血液と脂質は「水と油」と言われ、そのままでは脂質は溶けないので、アルブミンやリポ蛋白(比重により5種類に分類される)という容器に同梱されて全身を循環する.
肝臓で生成された脂肪を含むリポ蛋白が組織に運搬されて利用される過程で「低比重リポ蛋白(LDL) 」となる。細胞への取り込み障害や肝臓でのコレステロール産生過剰で血液中に LDLコレステロールが多く残り、高コレステロール血症となる。このLDLコレステロールが血管壁に進入すると動脈硬化の元となるので悪玉コレステロールと呼ばれている。
一方、体内の利用されない脂質を回収する「高比重リポ蛋白(HDL)」コレステロールは動脈硬化を予防する作用があり、善玉コレステロールと呼ばれている。
さらに、(1)コレステロール、(2)リン脂質は細胞膜、ホルモン,胆汁の構成成分として必要であり、(3)中性脂肪、(4)遊離脂肪酸はエネルギー源として利用される。
3) 脂質異常症の診断基準(空腹時採血)
項目 |
値 |
診断名 |
LDLコレステロール |
140mg/dL以上 |
高LDLコレステロール血症 |
120〜139mg/dL |
境界域高LDLコレステロール血症** |
HDLコレステロール |
40 mg/dL未満 |
低HDLコレステロール血症 |
トリグリセライド |
150 mg/dL以上 |
高トリグリセライド血症 |
Non- HDLコレステロール |
170 mg/dL以上 |
高non- HDLコレステロール血症 |
150〜169 mg/dL |
境界域高non- HDLコレステロール血症** |
*:10時間以上の絶食を「空腹時」とする。ただし水やお茶などカロリーのない水分の摂取は可とする。
**:スクリーニングで境界域高LDL-C血症、境界域non-HDL-C血症を示した場合は、高リスク病態がないか検討し、治療の必要性を考慮する。
●LDL-CはFriedewald式(TC−HDL-C−TG/5)または直接法で求める。
●TGが400mg/dLや食後採血の場合はnon-HDL(TC−HDL-C)かLDL-C直接法を使用する。ただしスクリーニング時に高TG血症を伴わない場合はLDL-Cとの差が+30 mg/dLより小さくなる可能性を念頭においてリスクを評価する。
4) 脂質異常症と予後の関連
欧米の大規模臨床試験では、脂質異常症治療により、狭心症や心筋梗塞などの虚血性心疾患の発生予防(一次予防)や狭心症や心筋梗塞の人の再発予防(二次予防)が可能が否かが研究されてきた。これらの研究から、スタチン系の脂質異常症治療薬の服用により悪玉LDLコレステロールが低下すると、発生予防が2〜3倍あるとされ、特に再発効果が顕著である。
米国のフィブラート系の薬剤を用いた研究(VA-HIT)では、悪玉LDLコレステロールが低下しなくても、トリグリセライドの減少と、善玉のHDLコレステロールの上昇により、心筋梗塞などの冠動脈事故(22%)や脳梗塞(27%)が減少すると報告くしている。
日本での成績では、トリグリセライドが上昇すると狭心症などの虚血性心疾患の発生が激増する。トリグリセライド100mg/dlのときの危険度を1とした場合、250mg/dlまで上昇すると日本では5倍、アメリカに1.7倍に比べて遥かに危険である。
5) 冠動脈疾患予防からみたLDLコレステロール管理目標設定のためのフローチャート(簡易版)
大阪市吹田市住民の追跡調査から算出された吹田スコアの算出方法のフローチャートを示します。
冠動脈疾患の既往がなく、糖尿病、慢性腎臓病、非心原性脳梗塞、末梢動脈疾患がない場合のリスク評価には、以下の@簡易版とA吹田スコアを用いた方法があるが、実臨牀では@の簡易版リスク評価を用いることが多い。
6) 吹田スコアによる冠動脈疾患発症予測モデルを用いたリスク評価(35〜74歳)
|
範囲 |
点数 |
|
範囲 |
点数 |
@年齢 |
35−44 |
30 |
DHDL-C |
<40 |
0 |
45−54 |
38 |
40−59 |
-5 |
55−64 |
45 |
≧60 |
-6 |
65−69 |
51 |
ELDL-C |
<100 |
0 |
70− |
53 |
100−139 |
5 |
A性別 |
男性 |
0 |
140−159 |
7 |
女性 |
-7 |
160−179 |
10 |
B喫煙* |
あり |
5 |
≧180 |
11 |
C血圧** |
至適血圧(SBP<120かつDBP<80) |
-7 |
F耐糖能障害 |
あり |
5 |
正常血圧(SBP120-129かつ/またDBP80-84) |
0 |
G家族歴*** |
早期性冠動脈疾患家族歴あり |
5 |
正常高値血圧(SBP130-139かつ/またDBP85-89) |
0 |
|
|
|
I度高血圧(SBP140-159かつ/またDBP90-99) |
4 |
吹田スコアの得点 |
@〜Gの合計点 |
|
II度高血圧(SBP≧160かつ/またDBP≧100) |
6 |
|
|
|
*禁煙後は非喫煙として扱う **治療中の場合は現在野血圧値 ***不明の場合は0点として計算する
以上の@からGの合計点を算出し、リスクを評価をする。
吹田スコアの得点 |
予測される10年間の冠動脈疾患発症リスク |
リスク評価 |
≦40 |
<2% |
低リスク |
41〜55 |
<2〜9% |
中リスク |
≧56 |
≧9% |
高リスク |
注)ガイドラインでは、リスクの分類は、吹田研究から導かれた吹田スコアによって分類されることが推奨されている。
7) リスク管理区分別の脂質管理目標値
治療方針の原則 |
管理区分 |
脂質管理目標値(mg/dL) |
LDL-C |
Non-HDL-C |
TG |
HDL-C |
一次予防
まず生活習慣の改善を行った後、薬物療法の適用を考慮する |
低リスク |
<160 |
<190 |
<150 |
≧40 |
中リスク |
<140 |
<170 |
高リスク |
<120 |
<150 |
二次予防
生活習慣の是正とともに薬物治療を考慮する |
冠動脈疾患の既往 |
<100 (<70)* |
<130 (<100)* |
*:家族性高コレステロール血症、急性冠症候群の時に考慮する。糖尿病でも他のリスク病態(非心原性脳梗塞、末梢動脈疾患、慢性腎臓病、メタボリックシンドローム、主要危険因子の重複、喫煙)を合併するときはこれに準ずる。
●一次予防における管理目標達成の手段は非薬物療法が基本であるが、低リスクにおいてもLDL-Cが180mg/dL以上の場合は薬物療法を考慮するとともに、家族性高コレステロール血症の可能性を念頭においておくこと。
●まずLDL-Cの管理目標値を達成し、その後non-HDLの達成を目指す。
●これらの値はあくまでも到達努力目標値であり、一次予防(低・中リスク)においてはLDL-C低下率20〜30%、二次予防においてはLDL-C低下率50%以上も目標値となり得る。
●高齢者(75歳以上)については、ガイドライン第7章を参照。
図表は日本動脈硬化学会(編): 動脈硬化性疾患予防ガイドライン2017年版. 日本動脈硬化学会, 2017より作成
8) 脂質異常症の食事療法
- 食事療法が基本
- 脂質異常症の原因に遺伝も関係するが、8割以上は食べすぎ、高脂肪食、運動不足がどの生活習慣、肥満などが関与している。従って適切な食生活が重要である。食事療法の基本は以下の通りである。
- エネルギー制限と体重制限
- 高コレステロール血症の人では体重が1kgの増えると総コレステロール値が20〜40mg/dl上昇し、逆に体重が減少すれば総コレステロール値や悪玉コレステロールが低下する。従って標準体重に近づくように適切な総エネルギー量(kcal)になるようにカロリー制限が必要である。
- 以下に標準体重と総エネルギー量(kcal)の計算式を示します。
標準体重(kg)=身長(m)×身長(m)×22;例えば160cmの人では1.6×1.6×22=56.3kg
適切な総エネルギー量(kcal)は標準体重と生活活動の強度から計算される
すなわち総エネルギー量(kcal)=標準体重(kg) × 生活活動強度指数(kcal)
生活活動強度指数:
*軽労働(主婦・デスクワーク):25〜30 kcal
*中労働(製造・販売業・飲食店):30〜35 kcal
*重労働(建築業・農業・漁業):35〜40 kcal
例えば標準体重が60kgで主にデスクワークの人の適切な総エネルギー量は1500〜1800kcalとなる。
ただし肥満があれば目標値を低めに設定する必要がある。
- 脂肪制限
- わが国では総エネルギー摂取量における脂肪の割合は年々増加し、この30年間で20%未満から27%に増加し、特に若い年代で増加が顕著である。心筋梗塞の増加が危惧され、脂肪摂取量は25%以下に抑制する。
さらに、飽和脂肪酸(主に獣肉類の脂肪)と不飽和脂肪酸(主に植物性脂肪や魚の脂肪)の摂取比率を1:1.5〜2の割合にするように心がける。魚に含まれるイコサペント酸(EPA)やドコサヘキサエン酸はコレステロールや中性脂肪を下げ、血液をさらさらにする作用があることから、魚料理が勧められている。
- 食物繊維の摂取
- さといも、かぼちゃ、大豆製品、ネーブルやいちご、しいたけなどのきのこ類やひじき、寒天などの海藻などは繊維を多く含み、脂肪の吸収を抑制し、コレステロールを低ささせるので積極的に摂取する。
v) 抗酸化作用のある食品の摂取
- 抗酸化作用のある食品の摂取
- ビタミンE(かぼちゃ、ほうれんそう、たらこ、緑茶、植物油、ナッツ、果物)、ビタミンC(野菜、果物など)、βカロチン(青のりなどの海藻、黄緑野菜、玉露、にんじんなど)やフラボノイド(果物:りんごなど、野菜:たまねぎなど、緑茶などの茶類、赤ワイン、大豆など)をしっかり摂取する。これらは悪玉コレステロールが動脈壁に入り込み、酸化されて動脈硬化を来たすのを防ぐ。
- 高コレステロールの人
- コレステロール摂取量を1日300mg以下にし、コレステロールを多く含む食品を控える。肉の脂身や霜降り肉、バター、生クリームやアイスクリームは、コレステロール値を上げやすいのでとり過ぎに注意。鶏卵1個のコレステロールは約250mgであるので1日1個が限度である。
- 中性脂肪が高い人
- 砂糖、菓子類や果物などの糖分摂取を制限し、アルコールも1日に日本酒にして1合程度、ビ−ルなら中びん1本、ウイスキ−はダブルで1杯、赤ワイングラス2杯程度に制限する必要がある
9) 脂質異常症の運動療法
運動療法:ゆったりしたペースで無理なく行う運動でも降圧効果が認められている。ウオーキング、ジョギング、水中歩行などの少し汗ばむ程度の有酸素運動が勧められている。可能ならば1日30分以上週3〜4回以上行うことが望ましい。ただし、心臓病や血圧の高い人は主治医と相談してからはじめてください。
10)脂質異常症の薬物療法
「スタチン」「フィブラート」併用の原則禁忌が解除、腎機能低下患者でも両剤の併用が可能になったが、定期的に腎機能検査を実施し、自覚症状(筋肉痛、脱力感)の発現、CK(CPK)上昇、血中及び尿中ミオグロビン上昇並びに血清クレアチニン上昇等の腎機能の悪化を認めた場合は直ちに投与を中止する。
分類 |
LDL-C |
Non-HDL-C |
TG |
HDL-C |
副作用 |
商品名 |
スタチン |
↓↓〜↓↓↓ |
↓↓〜↓↓↓ |
↓ |
−〜↑ |
横紋筋融解症、筋肉痛。脱力感、肝障害、血糖値上昇 |
メバロチン、リピトール、リポバス、クレストール |
小腸コレステロールトランスポーター阻害薬 |
↓↓ |
↓↓ |
↓ |
↑ |
消化器症状、肝障害、CK上昇、ワーファリンの薬効強 |
ゼチ−ア |
陰イオン交換樹脂 |
↓↓ |
↓↓ |
↑ |
↓ |
消化器症状、ジギタリス、ワーファリンの薬効強 |
コレバイン |
ブロブコール |
↓ |
↓ |
− |
↓↓ |
QT延長、消化器症状 |
シンレスタール |
PCSK9阻害薬 |
↓↓↓↓ |
↓↓↓↓ |
↓〜↓↓ |
−〜↑ |
注射部位反応、鼻咽頭円、CK上昇 |
レパ−サ、プラルエント |
MTP阻害薬 |
↓↓↓ |
↓↓↓ |
↓↓↓ |
↓ |
肝機能障害、胃腸障害 |
ジャクスタピッド |
フィブラート系 |
↑〜↓ |
↓ |
↓↓↓ |
↑↑ |
横紋筋融解症、胆石症 |
ベザトールSR、トライコア |
選択的PPARαモジュレーター |
↑〜↓ |
↓ |
↓↓↓ |
↑ |
横紋筋融解症、胆石症 |
パルモディア |
ニコチン酸誘導体 |
↓ |
↓ |
↓↓ |
↑↑ |
面紅潮、頭痛 |
ユベラN |
n-3多価不飽和脂肪酸 |
− |
− |
↓ |
− |
消化器症状、出血傾向、発疹 |
エパデール |
9) 脂質異常症のお勧めサイト
- 日本心臓財団「動脈硬化性疾患予防ガイドライン・エッセンス」に脂質異常症を簡潔に説明している。